沈黙の… (お侍 拍手お礼の十九)

         *お母様と一緒シリーズ

 


昼間に一旦、作業場から集落の方へと戻って来ていた折、
シチロージとキュウゾウの様子が訝
(おか)しいように見えたのだがと、
ちょいと気になっていたゴロベエ殿。(『
仲違い』参照・笑)
その日の宵にも集合がかかり、進捗状況の刷り合わせをする場が持たれたので、
顔を合わせたのを幸いに、何がどうなったかと当人らへ尋ねたところ、
「…あ、ああ、えっと。あれは…。////////
大したことじゃあありませんで、と、シチロージがにっこり笑い、
「…。(是)」
キュウゾウの方も同じくと静かに頷いて見せたのみ。
何より、不穏な空気など欠片ほどもなく、
たまたま目線が合ったそのまま、
お互いに“ねぇ”なんて小首を傾げて目配せし合う様なぞ、
その嫋やかなこと、いづれが傾城、上臈か。
春蘭秋菊、麗しき美丈夫二人の揃い踏みの図が、何とも眸に目映いほど。
「やはりな。案じることもなかろうと踏んではおったが。」
ほんに お二人は仲がいいことよと、
ほのぼの睦まじいところを微笑って差し上げれば、
他の皆々様までが思い当たってか、
“くすす”と同意の笑みをこぼして見せて。
さぁそれではと顔合わせもお開きとなり、
各自の持ち場へ戻るべく、順に詰め所を後にする中、

 「それにつけても、シチさんは本当に怒るということがないですな。」

ゴロベエ殿がつくづくと感心したらしき声を掛けて来る。
戦いの最中の闘志あふれる颯爽とした凛々しさや、
主張を通しての毅然とした態度ならば見てもいるが、
感情的になっての怒りの形相とやらは、ちらとでも見たことがないし。
幇間言葉を繰り出しておどけては、場を収めるのもお上手ならば、
キクチヨを筆頭とする
(笑)腕白な子供連中を相手にしていても、
目許を細めての柔らかな笑顔を惜しみなく振り撒いていて、

 「それもまた、カンベエ殿の副官をこなしてらした蓄積の賜物ですかな?」
 「う〜ん、どうですかね。」

まま確かに、
怒るよりも叱る方がお仕事っていう職務というか立場でしたしねぇと、
眉を下げてのしょっぱそうな苦笑をしたシチロージ殿。
「ヤなことや ヤな奴にいちいち怒っていては、身が保ちませなんだし。」
「ああ、それもそうですな。」
死との隣り合わせを強いられていたあの頃は、
誰もが多かれ少なかれ鬱屈してもいたものだから。
そうそう“健やかにおおらかに…”と笑ってばかりもいられなかったし、
そこからの八つ当たりか、やたら棘々しい者や皮肉屋も少なくはなかった。
“そういう背景あっての苦虫どもだと、
 理解しておったところが既に、器が大きいということでござろうに。”
今でこの若さなのだから、
10年前の大戦当時は二十代そこそこだったのだろうに。
つまりは、苛酷な前線部隊の司令官を支える副官への抜擢なぞ早すぎるほどに、
まだまだ若造であったのだろうに。
そんな痛々しい機微までも、実地で肌で感じ取り、理解し把握していたとは。
何とも至れり尽くせりな御仁であることかと、
ますますのこと、感心しているゴロベエ殿であったらしいが、

 「そうは言うが、結構 意思表示はしておったではないか。」

彼らの話を聞くともなく聞いていたらしき蓬髪の惣領殿。
眺めていた地図や資料の束を文机の上へぱさりと積むと、
顎髭を撫でながら くつくつと何やら意味深に笑って見せるものだから。
「ほほぉ。」
ゴロベエが興を起こして、大きな肩越しに囲炉裏端の方へと振り返る。
「一体どのような意思表示を?」
何せ、カンベエ殿こそは大戦中のシチロージを一番よく知る 元・隊長。
思わせ振りなその言いようと、それから、
「何ですよ、それ。」
当人には覚えがないのか、
何を言い出すつもりやらと怪訝そうなお顔をしている、
今でもツーカーな腹心の古女房殿を、
ちょいとからかう おつもりなのかもと気がついて。
それで…まさかまさかと取り合わぬ方向へ持って行かず、
調子づいてのそのまま、話に乗ったところが、

 「そやつは怒ると、態度が殊更に丁寧になる性分をしておっての。」
 「ほほぉ?」

そりゃまた随分と根の深い怒り方ではと、ゴロベエ殿が苦笑を返せば、
さもありなんと壮年の惣領殿も頷いてからのおもむろに、

 「額に青筋浮かべるでなく、殊の外“にぃっこり”と微笑って見せながら、
  事ある毎に“島田様”と呼び続けてくれおった。」
 「……………はい?」

ちょっと待って下さいませ。
此処におわすは、島田勘兵衛というお人。
そんなお名前の上官を“島田様”と呼んで、どこが怒りの発露なのでしょうか?
「…と、ああそうであったか。」
お、ゴロさんは気がついた模様です。さすがは世慣れた気配り上手。
「カンベエ殿、いやさ、カンベエ様と、当時も呼んでおられたのだな?」
「いかにも。」
この『SAMURAI 7』の舞台は“地球ではない”と聞いたことがあるのですが、
少なくとも和風に見せといてそうではないのは確かなことで。
カタカナ言葉や横文字表記が極力少なく、
ペンではなく筆を使い、いまだに巻物の書籍が一般人にも読まれているが、
他方で、靴のまま畳敷きの部屋へと上がっているし、
それを言うなら、和装っぽい服装でも足元は皆して靴ばきだったりし。
そして…人々は何故だか、
親しくなると苗字ではなく名前で呼び合っているのもまた、
和のお行儀では珍しいことではなかろうか。
そこには年の差も立場の差も無いらしく、
まるで、
“は〜い、ベン”
“はい、キャサリン。今日もいい天気だよ?”
と、親子でも名前で呼び合い挨拶する、欧米の如く。
年長者で惣領たる勘兵衛殿へも、殿や様こそ付けながら、
苗字で呼んでいるのは約1名のみで、(当サイトでは・笑)
あとは全員、村の衆まで“勘兵衛様
(殿)”と呼んでいるほど…なのだが。

 「何かしら臍を曲げおるとたちまち、島田様呼びになりおったから。」

まずはと気づいた周囲が、
“一体何があったのだろか”と、こそこそ喧しゅうなっての、と。
当の本人はなかなか気がつかなかったことまでも、
知らず暴露しているような御主だってのへこそ、

 “相変わらずなんだから…。”

擽ったげな苦笑を浮かべた古女房殿。
「よくもまあ、そんな古臭い話を持ち出せたもんですねぇ。」
今頃蒸し返されても動じませんよと、はきはき応じる強腰なまま、
自在鈎から鉄瓶を降ろすと、人数分のお茶を淹れようと構えたものの、

 「………キュウゾウ殿?」

射弓の鍛練指導の方は、夜も更けたのでとお開きにして来たからか、
彼もまた詰め所に居残っていた金髪紅衣の若侍殿。
そうしても何ら問題がないくらい、
ド素人だったとは思えないほどめきめきと上達を見せている村の衆へと、
威圧ある寡黙さのみで育て上げた辣腕な彼が。
背に負うた双刀を抜き放てば、
山のような巨体の雷電や紅蜘蛛でさえ、
あっと言う間に金屑の山に解体してしまえる凄腕のそんな彼が、

 「…。」

何とも微妙なお顔をしていたのへと、
シチロージの側もまた、怪訝そうに眉を下げて見せ、
「どうされたのですか?」
案じるような声をついつい掛けてしまったほど。
まさかまだ、昼下がりのことを気にしているとか?
温厚そうでも怒るときは怒るおっ母様だってことが、そんなにも恐ろしい?
背中を向けられたと、ただそれだけでオロオロしていたくらいだし、
本当に怒ったならあんなものでは済まないのだろかと、
そこまで先回りして案じているとか?

 「キュ…」
 「シチは、怒ると、苗字でしか呼ばぬのか?」

やはりお話を聞いていての困惑だったのだなと、
理解が及び、居合わせた大人の方々が揃って“くすす”と小さく微笑む。
解散前の先程、ゴロベエ殿が微笑ましいと評したように、
このお人を相手にシチロージ殿が怒るような事態が起きるだなんて、
そうそうあり得ない………





   「……………………………あ。」×3人


そうだ、そうなのだ。
もしもの もしかして、おっ母様がキュウゾウ殿へと腹を立てたなら。
次男坊は苗字が明らかにはされていないので、

  ――― では何と呼ばれたものか。

知らないものは呼べないから、何とも呼んでもらえないのではなかろうか。
今日のお昼間のあの、
振り返って下さらなかった数刻の間の寒々しかった想い以上の、
そんな辛い仕打ちを受けるということかと。
それをついつい想像してしまい、固まりかかっていた彼だったらしくって。

 「いえ、ですから、あの…キュウゾウ殿?」
 「しっかりせぬか。シチさんを怒らせるようなお主ではなかろうに。」
 「だが…。」
 「そうですよう。キュウゾウ殿はいつだっていい子でしょうに。」
 「………。」

おっ母様がわざわざ、彼が立ち尽くす土間へまで立っていっての、
痛々しいほど細い肩を抱き、懐ろに掻い込んでやって“よしよし”と、
宥めるように髪やら背やらを撫でてやり。
ゴロベエ殿も、大きくて頼もしい手のひらで、
冷たい性の次男坊の白い頬をひたひたと撫でてくれてと、
気落ちせぬよう宥めて励まして。

 “…思わぬところに地雷があったものだの。”

これはまた意外な事実よと、
次男坊…もとえ、
キュウゾウがどういう思考の展開から動揺していたかを察してそれから、
だが、さすがは冷静な知将で、平常心に立ち返るのもまた早かったカンベエ様。
目の色変えての深刻に、案じてやることでもなし、
ああやって宥めてやる顔触れにも事欠かぬ陣営なのだから、
むしろ、ささやかな痛みをうんとうんと暖めてもらっておればよしと、
こたびは静観することになさったらしくって。


  ――― カンベエ様も、何とか言ってやって下さいませ。
       うむ。キュウゾウ案ずるな。シチも苗字は無いゆえ。
       ……………。
       カンベエ殿には、黙ってていただいた方が。
       …そうみたいですね。


秋は深まるばかりだが、まだまだ平和だ、神無村。
(苦笑)





  〜Fine〜  07.3.29.


  *いえね、シチさんとキュウゾウ殿は、
   原作の『七人の侍』でも苗字がなかったそうなので、
   それで同じ扱いなんだろな、と。
   その辺の事情はなんとなく判っておりましたが、
   (そのついでで、二人だけ金髪なのかな?・う〜ん)
   その一方で…、
   二人とも軍人だったのに、
   軍籍管理上もそれで問題はなかったんだろかとも思いまして。
   猫の手も借りたい終戦間近の正念場だったから、
   才さえあれば誰でもいい状態だったのでしょうか?
   謎は深まるばかりでございます…。
(苦笑)

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